発表会の写真を選ぶなら、どんな一枚だろう

淡い紫の光が重なる三枚の白い写真用紙の水彩 一緒に過ごす時間
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※想定を交えた仮稿です。実際の出来事や家族の発言の記録とは区別し、今後見直します。

発表会の写真をあとで選ぶとしたら、僕は何を基準にするだろう。ピントが合っていること、動きがきれいに見えること。それだけなら選びやすいけれど、残す写真の意味は、撮れ方だけでは決まらない気もする。

親の一番と、本人の一番

ここでは、たくさんの写真を前にした仮の場面を考える。親がよいと思った一枚と、本人が残したい一枚は違うかもしれない。理由を聞かずに、こちらの見え方だけで決める必要はあるだろうか。

笑顔の写真だから楽しかった、真剣な顔だから緊張していた、と読み取るのも簡単ではない。一枚に写っているのは一瞬で、その前後の気持ちまでは写らない。説明を添えるなら、見えたことと、あとから聞いたことを分ける必要がありそうだ。

撮ることと、見せることを分ける

手元に残す写真を選ぶことと、誰かに見せる写真を選ぶことは、別に考えてよい。ほかの人が写っているか、場所がわかる情報がないかだけでなく、本人が見せたい写真かどうかも確認する。公開するために撮ったつもりでなくても、見返すときには選び直せる。

撮影した枚数が多ければ、それだけ成長を残せるとも限らない。少ない写真に、いつの記録かを簡潔に添えておくほうが、後から見つけやすい場合もあるだろう。

この仮稿では、新しい発表会で撮影したとも、娘と写真を選んだとも書かない。もし次に写真を選ぶ場面があれば、まず一枚を見ながら話せるか。その問いだけを、撮影技術とは別の場所に置いてみる。

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