※想定を交えた仮稿です。実際の出来事や家族の発言の記録とは区別し、今後見直します。
何かを好きだと聞くと、その先の仕事や進路まで想像したくなることがある。もし僕が子どもの関心を聞いたとき、すぐ「それなら将来は」と続けたら、話はどこへ向かうだろう。
楽しむ時間と、選ぶ時間
好きなことを仕事にする道は、一つの可能性としてある。ただ、面白いから調べる時間と、進路として条件を比べる時間は、同じでなくてもよさそうだ。いま何に惹かれているかを聞く途中で、進路の話だけを大きくしない。そんな順番を想像してみる。
たとえば本の一部分を何度も読み返している、という仮の場面なら、職業名を挙げる前に、そのページの何が面白いのかを聞ける。答えがうまく言葉にならなくても、すぐ理由を整理して渡さなくてよいのかもしれない。
親が先に名前をつけない
興味のある分野と、働きたい場所や仕事内容は、重なることもあれば違うこともある。だから、今の好きなものだけから将来を説明しきる必要はない。逆に、進路につながらないから無意味だと評価する理由にもならない。
親には、役に立つものを見つけたい気持ちが生まれることもあるだろう。でも、その物差しを置くことで見えなくなる楽しさはないだろうか。これは息子の夢が変わったという話ではなく、話の聞き方についての問いだ。
進路の情報が必要になれば、そのときに確かめればいい。情報を用意することと、本人の結論を代わりに出すことは別の作業になる。今の関心を、まだ職業名のついていないまま受け取る余地を考えてみたい。


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