※想定を交えた仮稿です。実際の出来事や家族の発言の記録とは区別し、今後見直します。
二人の成長を並べて書くとき、何を同じにして、何を別々に残すのだろう。もし記録の欄を一律に作ったら、書きやすい変化ばかりが目につくかもしれない。今回は、記録の形を考える仮稿だ。
同じ年齢のころ、と比べる前に
兄の同じ年齢のころと妹の今を比べれば、違いは見つかるだろう。ただ、それは同じ条件の比較ではない。周りの環境も、関心も、その日に起きたことも違う。違いをそのまま優劣の説明にしないために、まず一人分の記録として読める形を考えたい。
たとえば「前よりできた」と書くとき、何と比べたのかを確かめる。きょうだいの姿ではなく、その子自身の前の記録を見直しているのか。それでも、変化が一直線に続くと決めることはできない。
見えたことと、僕の読み取り
仮に、何かに取り組む時間が長くなったとする。それは見えた事実として書けても、自信がついたからだとは、すぐに言えない。本人から聞いた言葉があれば別に残し、僕の推測は推測として分ける。
記録の量が違う時期もありうる。書くことが多いほうを、成長しているほうと見なす必要はない。特別な出来事がなかった日を埋めるために、もう一人との比較を持ち込まないようにできるだろうか。
見返すときには、二人がどう違ったかより、当時の僕が何を見ていたかも読めるはずだ。親の記録は全体ではなく、一つの視点にすぎない。その余白を残した書き方を、具体的な原稿で試していくための案にしておく。


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